……東京23区のタウンページは、「港・品川・目黒・大田区版」など区域別に5つの版に分けられていたが、1ページ広告を5版すべてに掲載すると、モノクロ印刷で1ヶ月に177万円かかった。それを1年間払いつづけるので、1ページの広告を出すだけで2千万円を超えてしまう。中には、億単位の広告費を投じて1つの版に5ページ以上も広告を掲載する業者もいる。全国展開と銘打っておびただしい支店の電話番号が列挙されていても、実際は転送電話になっていることが多く、広告の大きさは、企業規模や調査力と比例するものではなかった。
殊に、3部の仕事は、依頼人が密かに調査を依頼するものなので、いくらよい仕事をしても、口伝てで評判がひろがってゆくことが少ない。反対に、依頼人が調査内容をもとに恐喝などの被害に遭っても、秘事が公にされる恐れがあるため、泣き寝入りすることが多かった。この業界は、広告宣伝に頼るばかりで、健全な競争原理が育ってゆかないという大きな問題をはらんでいたのだ。
莫大な広告の支払いを支えているのは、その世界について無知な依頼人たちであった。
新潮社ノンフィクション「追跡者」より
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